トマトシリーズ

トマトシリーズにおいてはさらにその勢いを増す。《トマト(K氏の出会い)》【1973年、�U-43】はまさしく異色作である。翡翠のマスクを囲むように長方形の箱が描かれている。その周囲は白い雲が浮かぶ空。マスクの下にはトマトが4列に並べられており、画面下部にいけばいくほど熟れ具合が進んでいる。見れば見るほど不思議な作品である。K氏とは現在のカゴメ株式会社の創業者である蟹江一太郎のことである。蟹江は1899(明治32)年からトマト栽培に着手し、その後トマトソースやケチャップの商品化などで成功をおさめ、国内有数の企業家として知られるようになる人物である。じつは齋藤と蟹江は親交があった。齋虎商店がカゴメの有力な取引先であったことがそのきっかけであろう。1961(昭和36)年にカゴメが栃木県の商品進出した際に齋藤がその進出の手助けをしたというエピソードも残されている。

 改めて《トマト(K氏の出会い)》に注目する。本作の2年前(※1971年)に蟹江が死去していることから、故人へのオマージュとして制作されたようだ。本作は古くからトマトが栽培されていたメキシコにあるマヤ文明の古代都市遺跡パレンケ関連のモチーフが創作の下敷きになっている。1952(昭和27)年、7世紀に在位したパカル王を納めた石棺が発見されたが、その際顔には翡翠のマスクがかけられていた。したがって、本作のマスクの主は"日本のトマト王"と称された蟹江であろう。その全身部分にはトマトがぎっしり埋めつくされており、さながら「トマト人間」である。当時の作品評は「ユーモラス」としているが、その整然とした様子は王を送る葬列のようでもあり厳粛な雰囲気を醸し出している。一方《トマト(K氏の使命)》【1973年、�U-47】では上空に浮かぶ巨大なトマトの断面に蛇口が取り付けられ、海上に果汁が滴りおちている。トマトジュースのみずみずしさとともに、カゴメの将来的な海外展開への野望が示されているかのようだ。このような思い切った作品は齋藤作品のなかでも群を抜く。

 これらはカゴメの広告イメージとしても採用され、本シリーズが発表された数年間、一陽展の図録の広告頁に掲載された(画像参照)。1973年には《トマト(K氏の出会い)》の図版に「《 純正なおいしさ 》をお届けして75年」のコピーが、74年には《トマト(幻)》【1974年、�U-44】の図版に「思わずつられる香りのカゴメ」のコピーが添付されている。73年の《トマト(K氏の出会い)》では箱のなかに行儀よく赤く熟したトマトが並べられた様はたしかに〈純正さ〉に違和感なく結びつく。同じく74年の《トマト(幻)》では箱からトマトを1つだけ飛び出させ、さらに対角線上に白馬を2頭描くことによってまるでトマトの香りに誘われて馬たちが「思わずつられ」ているかのような印象を与える。このように作品のイメージと広告メッセージがぴったりとはまっていることから、作品制作の当初から事前に広告が想定されていた可能性もある。その背景については不明だが、この広告を前提としたようなトマトシリーズあるいは前述の正反対のイメージを意識的に展開した対作品といった1970年代前半の作品群を考え合わせると、画家の自由で自立した状況で制作に臨むというより、むしろ齋藤はテーマやモチーフなりをあえて他に求めることによってイメージの"飛躍力"の強度を高めていったむきすら感じられる。