2016年、宇都宮美術館では「齋藤富蔵展」が開催されました。

齋藤富蔵は、長年にわたり広く知られた作家ではありませんでした。しかし、同展を実際に鑑賞した美術関係者からは、その作品について極めて注目すべき評価が示されています。全国美術館会議の機関誌『ZENBI』Vol.10では、同展について紹介され、図録巻頭論文における宇都宮美術館・谷新氏の見解として、齋藤の表現について、「従来の美術史の水準では語りえない独自の表現」との評価が紹介されています。さらに、齋藤については、「戦後美術史にこれまで看過されてきた表現性と問題意識」を持つ作家として論じられ、今後の検証によって、戦後美術史に新たな解釈の切り口と可能性をもたらすことが期待される、という趣旨の考察が掲載されています。また、同誌でこの展覧会を論じた足利市立美術館・江尻潔氏も、齋藤の作品について、既存の美術史の主流とは異なる魅力や、同時代の「はやり」に流されなかったことによって生まれた強いメッセージ性に注目しています。

そして、既存の評価軸だけでは捉えきれない作品を見いだすためには、今後「さまざまな尺度」が必要であるとの考察へとつながり、既に評価されている作家と、これまで見落とされてきた作家が新たに結び付くことで、美術史に新しい「星座」が描かれていく可能性が示されています。

これは、単に「知られていない地方作家」という一面的な評価ではありません。

2016年の時点で、全国美術館会議の機関誌において、齋藤富蔵という作家の表現が、既存の戦後美術史の尺度だけでは十分に位置づけられない可能性が、専門家によってすでに指摘されていた。

本作品をご覧いただく際には、現在の市場での知名度だけではなく、こうした既存の美術館・美術関係者による評価も含め、作品そのものをご自身の眼でご判断いただければと思います。

齋藤富蔵の作品が、これからどのような美術史的位置を与えられていくのか。
そのの可能性を考えるうえでも、2016年の展覧会と、それをめぐる当時の批評は重要な記録の一つです。

そして、これは私自身の評価を押しつけるためのものではありません。
2016年の時点ですでに、美術館関係者によってこうした問題提起がなされていました。ぜひ現在の作品を、皆様ご自身の眼で実際にご覧いただければと思います。

出典:全国美術館会議『ZENBI』Vol.10(2016年)